2014年7月2日水曜日

「博士の愛した数式」  小川洋子

                                              平成26年7月2日(水)
by Eiji.K

◇ この小説には、すがすがしさ、静謐さ、温かさ、一種の気品のようなもの
  が感じられ、読後感が爽やかである。爽やかさの源を探ってみると、登場
  人物は3人しかいないので3人の織りなす家庭愛のようなものが現代の家庭生活環境・時代状況の中で失われているものを思い出させているからだと思われる。

◇ 悲しい過去を背負った老数学者は数学という異次元の世界に住んでいて、男としての矜持を忘れずに持続させており、家庭内の尊敬される主人(生活人としてではなく、権威ある学者)としての威厳を保持している。家政婦として未婚の母である私(主人公)は息子を溺愛してくれる父親像を博士の中に見い出し、また、数学の美しさを博士より教えられ、異なる世界を垣間見る楽しさを感じている。息子は無条件に愛情を注いでくれるとともに難しい数学や阪神タイガースのデータを教えてくれる博士を尊敬している。このような人間関係が現代では尊く、いとおしく見えるのだろう。

◇ ただし、息子が大人の博士の事情を理解し、母親に適応して博士にふるまう健気な態度は10歳の子供に可能なものかと多少疑問に思えるところがある。

◇ 平成18年1月に映画化されたもの(寺尾聰・深津絵里)を見ているが、当時の私の感想文の中に” 吉岡秀隆の数学の授業は素晴らしい。このような先生がいたら幸せであるだろう。”とあった。 映画では、息子が成人して数学教師(吉岡秀隆)としてのエピソードがあったが、小説にはない。

◇ 解説を藤原正彦が書いているが、藤原ていの息子であり、中国からの帰国作品に出ていた近親感がある。

◇ 本屋大賞受賞作品は今年で10年目となるが、この小説は第1回の授賞作である。10年の作品を見てみると、小説として読んだのが5冊、映画で見たものが6本あり、現代の文学賞の中で最も話題となる選定であると思う。

0 件のコメント: