2015年2月8日日曜日

「新解さんの謎」   赤瀬川源平


2015年2月4日 
by Etsuko.S

三省堂刊行の「新明解国語辞典」第一版から第四版までの語釈について、辞書としてあるまじき、ユニークかつロマンチックな語釈をピックアップして、著者のそれに対する文章も面白い。
当読書会では、先に三浦しおん著の「舟を編む」を読んでおり、国語辞書を編纂するにあたり、膨大な時間と緻密で慎重な作業のありさまを理解してきただけに、この著作における「新明解国語辞典」での語釈には驚かされた。一人以上の編集者・監修者が存在すると思われるのに、このような記述が許されたのか興味深く読み進んだ。

「辞書は小説よりも奇なり」というべきか、三省堂の辞書制作にまつわる、ことばに人生を捧げた二人の人物を知ったのは、「新解さんの謎」を読んで、まさしくその謎に惹かれ調べていく過程だった。東大同期生の見坊豪紀と山田忠雄は二人で1943年「明解国語辞典」を作った。その後次第に己の理想を追求して別々の道を歩みはじめ、やがて二人は決別したという。そして、同じ出版社から全く性格の異なる二冊の国語辞書が生まれた。このことは、佐々木健一著「辞書になった男・ケンボー先生と山田先生」に書かれている。
見坊氏は「三省堂国語辞典」(1960)を、そして山田氏は「明解国語辞典」を基に「新明解国語辞典」(1972)を作り、その発行部数は辞書としては驚異的な累計約四千万部に及ぶという。両氏とも極めて独善的で殆どの語釈を自ら書き編纂した。

「無人島に一人流れ着いた時には辞書を持って行く」などという会話をよくしていたが、今、私の手もとにある辞書では暇つぶしにはなるが、笑える程ではない。もしもの時の為に「新明解国語辞典」第三版を早速入手した。
本著には掲載のない【嫉妬】は、「新明解国語辞典」第三版では次のようになっている。《【嫉妬】:自分より下であると思っていた者が自分よりも多くのものを持っていたことに気づいた時のむらむらとしたねたみの気持。》 実に人間らしい。
また、「かぞえ方」の項もあり、先に記載のあった「火炎瓶一本」で大笑いできたが、あばら屋・黒かび・どす・ナパーム弾・ピラニア・・笑うしかない。
友人の南伸坊のカットや写真の挿入もユーモアがあり、久々に笑える本に出会った。

このまま、楽しい語釈が掲載されていくと思いきや、【紙くず】に続く後半は「神がみの消息」という随筆形式になっており、前半の「新明解国語辞典」の語釈の面白さとそれを受けた作者の言葉が楽しく、一気に読み進めたのにここからは急につまらなくなる。この本が出された時から15年の歳月、紙に関しては目覚ましいい進化をしたこともある。ただ、余白について語った文章の三つ目「ゴッホは過労死だった」では、人生の余白というテーマで述べているが、人生を一冊の本に例えて本文・奥付・余白と考えてみることには興味を惹かれた。                      以 上

新明解国語辞典 第三版 1984年1月20日刊 
第25刷掲載の語句でちょっと面白いもの

清廉:心が清くて私欲が無いこと。(役人などが珍しく賄賂などによって動かされない時などに言う語)

政界:(不合理と金権が物を言う)政治家どもの社会。

官僚的:官僚一般に見られる、事に臨んでの好ましくない考え方や行動の傾向を持っている様子。(具体的には、形式主義や責任のがれなどの態度を指す)

部落:農家・漁家などが何軒かひとかたまりになっている所。(狭義では、不当に差別・迫害された一部の人達の部落を指す。この種の偏見は一日も早く除かれることが望ましい。)

公僕:(権力を行使するのではなく)国民に奉仕する者としての公務員の称。(ただし実情は、理想とは程遠い)

宿舎:①旅先などで泊まる旅館②公務員などに、名目だけの安い家賃で提供される住宅

必要悪:それ自体取り上げる時は悪とみなされるが、その社会(組織・当事者)の存続のためには必要な手段としておこなわれるもの。死刑、警官による極悪犯人の射殺、漁民によるイルカの大量撲殺、商社にとっての賄賂、自治体の財源としてのギャンブル公営など。

俗人:高遠な理想を持たず、すべての人を金持と貧乏人、知名な人とそうでない人に分け、自分はなんとかして前者になりたいと、そればかりを人生の目標にして暮らす(努力する)人。天下国家の問題、人生いかに生きるべきかといういことに関心が無く、人の噂や異性の話ばかりする人。高尚な趣味や芸術などに関心を持たない人。

口惜しい:自分の受けた挫折感・屈辱感などに対して、そのまま諦めることができず、どうにかしてもう一度りっぱにやり遂げてみたい(相手を見返してやりたい)という気持に駆られる様子だ。

取り巻く:②自分の将来にとって有利になりそうな人と始終接近して、きげんをとる。

世間知:「世間智」おとなとして世の中をうまく渡って行く上での判断と身の処し方。正直ばかりでは通用しないとか、世の中には裏があるとか、事を成功させるためには根回しや付け届けが必要であるとかの学校では教えてくれない種類の常識を指す。

「新解さんの謎」に取り上げられた語句

恋愛 合体 性交 馬鹿 かねがね 火炎 国賊 ごきぶり むっちり 家出 嬌羞
ぴたり ぶりぶり 以外 ぞっこん たら むっと 即ち たまゆら 腐れ ぬらぬら ぬるぬる 出来る ちょっかい 陰茎 勃起 女 包容 ヒステリー なまじ
浅知恵 あざとい のに 犀 箱 次に 次々 苦しい 話 ぬっと 足りる 合わせて そうそう 土台 いっそ 遅かれ早かれ ひょっと 悪念 きり じっと 手 沸々 火達磨 だって 泣かす 逃げる 新入り 肝硬変 お預け 田虫 ふと 弾ける 一人 時点 世の中 実社会 よもや 売文 ブックメーカー 救い難い 上
読書 勝義 一気 はえぬき にたり 尻 ねばねば よう 笑う 嬉しい こそこそ 凡人 大方 遠足 恐る恐る 手締め 臍 どっかと 動物園 然らば 紙くず

恋愛:特定の異性に特別の愛情を抱いて、二人だけで一緒にいたい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。

凡人:自らを高める努力を怠ったり功名心を持ちあわせなかったりして、他にたいする影響力が皆無のまま一生を終える人。(マイホーム主義から脱することのできない大多数の庶民の意にも用いられる。)

実社会:実際の社会。(美化・様式化されたものとは違って複雑で、虚偽と欺瞞とが充満する、毎日が試練の連続であるといえる、きびしい社会を指す。)

勝義:(転義や比喩的用法でなく)その言葉の持つ本質的な意味・用法。

世の中:愛し合う人と憎しみ合う人、成功者と失意・不遇の人とが構造上同居し、常に矛盾に満ちながら、一方には持ちつ持たれつの関係にある世間。

読書:(研究調査のためや興味本位だはなく)教養のために書物を読むこと。(寝転がって読んだり、雑誌・週刊誌を読んだりすることは、勝義の読書には含まれない)

時点:・・・・・。1月9日の時点では、その事実は判明していなかった。

上:③・・・・・・。形の上では共著になっているが

一気:③・・・・・。従来の辞典ではどうしてもピッタリの訳語を見つけられなかった難解な語も、この辞典で一気に解決



by Eiji.K

◇ この本は、ジャンルに分類すると随筆である。随筆では著者の考え方、思想、感覚が直接的に反映される。特にこの本では連載物であるせいか、作者の捉えている対象範囲が非常に多岐に渡っており、捉える視点がユニークで あることに感心する。

◇ 赤瀬川原平の経歴をみると、前衛美術家、路上観察学会主催など面白そうなもの、ナンセンスなものに取り組んでは注目を集める(千円札裁判など)
 一方で、作家、脚本家分野では芥川賞受賞、日本アカデミー脚本賞受賞など資質の高さは確かであることがわかる。つまり、この作者は簡単に人物を捉 えることが難しく、ある一面より批評できる対象者ではない。

◇ この本の感想としては、あとがきの対談で述べられていることが非常に的を得ており分かりやすい表現となっている。
 ” 赤瀬川さんって、なんか存在自体が限りなく余白に近い人のような気がし ません?”
 ” 赤瀬川さんの中には、抜き身のギラギラした、日本刀みたいに鋭利なものがあるような気がするんです。それを真綿というか濡れ雑巾というかそういうもので包み込んでいるという感じがするのです。” ”その名刀で世の中を切ろうとするが、けっして高みからズバッと切り捨てない。それが赤瀬川の優しさ、品の良さに通じるんだと思います。”

◇ よかった箇所・気になった点
 ・当方の持っている新明解国語辞典は第二版で、この本に書かれている内容は出ていなかった。新解さんが自己主張するのは第三版以降ではないかと思われる。
 ・料亭の入口などに見かける盛り塩について、白であり、物族ではなく神族のおこないである、といっているが、中国から来た故事を踏まえたものであり、物族ではないかと思う。
 ・機能的に優れた道具というのは、それを使いこなせる人にとってはものすごく便利だけど、使いこなない人にとっては燃えないごみである。現代のIT機器は機能進化が進みすぎて燃えないごみになりつつあると思う。


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