2017年11月1日水曜日

「料理通異聞」  松井今朝子

2017年11月1日

by Etsuko.S
☆あらすじ
浅草新鳥越町にある精進料理屋福田屋の跡取り息子善四郎は、元服後、御金御用商水野家に二年の間、奉公に出された。そこで見聞きしたこと、教わったこと、出会った人々が、後の人生に面白く関わってくる。
出生に秘密のある善四郎は、料理屋の方に興味があり、福田屋に戻ってからもさまざまに料理の工夫をしてきた。そうして大きくなった福田屋は店の名を八百善とし、文人墨客が集うサロンの様子を呈し、江戸一の料理屋と認められるようになる。
当時、さまざまな料理本が出版されていたが、いわゆるプロの料理人が手がけた料理本はなく、善四郎が書いた「江戸流行料理通」は、八百善における四季折々の献立とレシピ、著名な江戸文化人が序文や挿絵を寄せた料理本で、たちまち江戸市中の評判となった。

☆感想
三百年続く日本料理の料亭「八百善」の創始者ともいえる四代目善四郎の生涯を描いた作品。青年期より、いろんなことに興味を示し追及していく性格や、おせっかいとも思われる世話焼き、これらの性分が単なる料理屋の主人というだけにとどまらず、各方面の人物とも交流が生まれる要素になったようだ。
彼が書いた「江戸流行料理通」や他にもいろいろと残された文献によって、当時の料理や饗応の献立がわかり、興味深い。その時代、精進料理専門の店があったというのも面白く、雁の肉に似せたというがんもどきなどだけではなく、お刺身もお魚以外のもので作っていたとは知らなかった。
作者はあとがきで、「料理は人間が想像力を駆使して生み出すアートの一種であり、人類史上最大最良の発明といえる」と述べているが、古来、日本人は素材を単一の食品として食するのみではなく、さまざまに工夫して幾種類もの料理法を生み出したことにより、味・種類とも日本料理は世界一といわれるようになったのではないだろうか。
また、十八世紀後半の文化文政の時代には多くの文化人(四方赤良=酒井抱一、大田蜀山人、亀田鵬斎、蔦屋重三郎、山東京伝、渡辺崋山、等々)が現れ、八百善はそうした人々の会食の場、つまりサロンとしての役目も果たしていたようだ。いつの世も、会食や芸術は交流の手立てとなっている。
史実に基づいた時代小説は、歴史の背景、当時の地理や日常会話など、時代考証をきちんと調べなくてはならない大変に面倒な作業だと思われるが、酒井雅楽頭舎弟、後の酒井抱一や太田蜀山人らとの出会いの場面など、善四郎およびそれらの人々の性格を踏まえて描けていて、後年の描写にも一貫したものがあり、人間の面白みが伝わる。

鎌倉明王院の中にあるという八百善では、十代目の指導により当時の料理を作って戴くコースがあるという。器も当時の物を使っているとか。大変興味をそそられる。

            
by Eiji.K
◇ 料理屋、食堂、水商売というような業界については全く知り合いがおらず、どのような世界であるのか知りたいと思っていたところなので興味深く読むことができた。

◇ 特に和食は食材の新鮮さが命であるといわれており、冷蔵庫のない江戸時代ではどのように保存し、また、ほかの料理に適用するのかが知りたかったが、そのようなことが書かれていなかったのが不満である。

◇ いかに良い材料を市場から仕入れても客が来なければ料理できないので、その辺の塩梅をどうするかは現代でも同じ課題であるが、よくわからなかった。

◇ 善四郎と冨吉との関係で「心の底に冷やっこいもんを抱えた男はすぐにわかりますのさ。それに気づくと女は男をほおっておけなくなるんですよ」というくだりがあるが、「男の冷やっこさ」とはどういうものなのか不明である。

◇ 絵画や歌などは後世にも残ることができるが、料理は口に入れば消えてしまうものである。そのようなはかなさを日本人は好むものであり、桜の散り際、花火と同じく日本料理が見直されている理由だろう。

◇ 江戸一の料理屋となったことについて太田南畝は、「お節介、結構。若いうちは他人のお節介が面倒な気もするが、年を取ればやはり人の親切が身に沁みるもんだ。」「見返りを求めぬ人の親切は尊い。」とあるが、今でいう相手のことを思った「おもてなし」の心が日本人の美徳として称賛されてきた結果なのだろうと思う。

◇ あとがきに「料理は人間が想像力を駆使して生みだす紛れもないアートの一種であり、人類史上最大最良の発明といえるのではないでしょうか。」とあるが、少し言い過ぎではないかと個人的には思う。

◇ 八百善は現代まで継続しており、鎌倉で10代目の善四郎が鎌倉十二所にある五大堂明王院境内にて、ほぼ10年ぶりに料理屋としての店舗を出している、とのことなので江戸料理とはどのようなものなのか高そうだが行ってみたい気がする。(昼ランチ3000円、要予約)

以上

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